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まちらぼのちょっとここだけの話vol.53

まちらぼメンバーそれぞれの「青春」を語る「ちょっとここだけの話」も、ついに今回が最終回。

トリをつとめるのは、スギモトです。どうぞご笑覧ください。

 

ぼく、スギモトの青春。

それはきっと「大学生」として過ごした4年間だったんじゃないかと思います。

 

過去の「ここばな」でも書いたかと思いますが、「まちづくり」をしっかり勉強したいと考えていたスギモトは、高校卒業後、金沢大学に進学を決めます。

入った学部は、人間社会学域地域想像学類。当時新設されてから4年目の新しい学類(学科)で、卒業生もまだいないところでした。

 

つまりは、卒業後の進路が見えにくい学類。「お前はいったい何になりたいんだ」なんて批判も浴びつつ、「おれはここですごいまちづくり人になる(?)」なんて意気込んで糸魚川を飛び出しました。

 

そんなスギモトが大学に入って真っ先に取り組んだこと。

それは、ボーリング。ビリヤード。ダーツ。

主な生息地はラウンドワン。

 

 

朝まで遊び倒し、ろくに寝ないで大学に行き、授業が終わればすぐさまバイト。

焼肉屋で働いて、まかないの焼肉丼を食べたあと、そのままスナックでウェイターのバイト。終わり次第、友達とビリヤードへ。

 

高校卒業時に秘めていた熱い気力は、すべて、人生のモラトリアムを無駄に謳歌するために費やしていました。

これはこれで青春だったような気がしますけども。

 

 

大きな転機は大学1年の冬。

忘れかけていた情熱を劇的に取り戻すような出会いがありました。

 

石川県七尾市(能登地方)で民間まちづくり会社を経営する社長さま。

そして、その方とともに熱いチャレンジを続けている同じ学類の先輩。

  

出会いは授業の中。講壇でのふたりのお話を聞いて、「おれがしたかったのはこの人たちみたいに、地域に飛び込み、地域とともに汗を流し、地域とともに成長するような、そんなチャレンジをすることだったんじゃないのか?」と、打ちのめされたかのような衝撃が走りました。

  

その衝動に突き動かされるがままに、その社長に頼みこみ、経営されている会社での4ヶ月間にわたる実践型インターンシップに参加させてもらいました。


4ヶ月間、社長の自宅に住み込みさせてもらい、まちづくりの最前線で働く経験を得たくて。

当時のぼくにとってキラキラして見えた憧れの社長・先輩に少しでも近づきたくて、その人たちと同じ空気を吸うことで、自分もキラキラした人間になれるんじゃないか、と期待して。

 

甘かった。

  

当時のぼくは、すごい人たちと一緒にいれば、自分も「自動的に」すごい人になれるんじゃないか、と思い込んでいました。今考えればわかりますけども、当然そんなことはなく。

 

インターンシップを修了したのに「すごい人になった」実感がないぼくは、ウンウンと悩みました。そして、そんな受け身で傲慢な態度でまちづくりに関わることが、まちにとって、とてもとても失礼なことなんじゃないか、と思うようになりました。

  

まちは、そこに住む人々のくらしや営みで、できています。

たくさんのひとの、たくさんの思いがぎゅっとつまった尊いものだと思っています。

それをないがしろにするような考え方は、スギモトにとって許されざることです。

 

でも、当時のぼくは、自分がすごい人間だと思われたいがために、そんな尊い「まち」を「利用」しようとしている、自分本意な態度でまちづくりをしようとしていたんじゃないか、と。そんなふうに思ってしまった時、それはもうわんわんと泣きました。わんわんと。


「そんなはずはない」、「自分なりにせいいっぱいやったつもりだ」、「いや、でも、、、」と頭のなかがぐるぐる。そして、ひとつの問いにぶつかります。

 

ぼくがやりたかった「まちづくり」ってなんなんだろう。

 

この大きな、でもとても大切な問いに向き合うことができた大学生活4年間が、ぼくの「青春」です。

  

いまもぼくは、まちづくりに触れながら生きています。

これからもずっと、まちづくりに触れながら生きていきます。

そういう意味では、もしかしたらいまも「青春」の時代なのかもしれません。

  

当時、未熟だったぼくを支えて応援してくれたすべてのひとと、

いまも未熟なぼくを支え続けてくれているすべてのひとに感謝して、

スギモトの「ちょっとここだけの話」でした。


おわり







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